〜カヤックで琵琶湖を旅するブログ〜
白龍湖(姉川ダム湖)

 

 琵琶湖に注ぐ姉川上流にあるダム湖を漕いできた。白龍湖というらしい。「姉川ダム湖」よりも「白龍湖」という呼称の方が断然いい。「ダム湖」というと、環境破壊とかネガティブなイメージが付きまとうが、「白龍湖」という名前にはネガティブなイメージは微塵もない。

 

 

 水際に行くには、アクセスが少しややこしかった。奥伊吹スキー場へ向かって走っていくと、トンネルが連続して二か所あるんだけど、カヤックを出す水際の公園に行くためには、一つ目のトンネルを過ぎて、二つ目のトンネルに入るすぐ手前を右折することになるが、これがうっかりしていると通り過ぎてしまうので、もしこれから行こうと思っている人は注意しましょう。

 水際の公園には、トイレも完備されている。しかし、駐車スペースから水際までは、カヤックを運ぶのに少し歩かないといけない。近江八幡の、宮ヶ浜くらいの距離かな。費用をかけてちゃんと整備した公園ではあるが、人は誰もいない。独占状態でカヤックの組み立てを行う。

 準備が完了したので、昼食を済ませて、出発する。GPSロガーのスイッチを入れるのを忘れたので、この日の地図上の移動軌跡は、途中から始まっているけど、ゴールの場所がそのままスタートの場所だと思ってください。っていうか、そんなこと参考にしたいと思ってこのブログを読んでいる人がいるかは分からないけど。

 

 ダム湖は、急峻な山で囲まれた地域に建設されるので、その成り立ちからからして、ビーチというものがほぼ存在しない。カヤックに乗り込んだら、休憩できる場所があまりない。

 コンクリートの壁が立ちはだかって、おどろおどろしい感じがする。ダムの放流が始まって、放水口からカヤックごと吸い込まれてしまうと困るので、フェンスには近寄らないようにする。しかし、そんなことがあり得るのかな。

 

 

 まだ日差しは強いけど、湿度が低いせいか、カヤックを漕いでいても汗は出ない。時折、少し強めの風が谷を吹き抜けていくのが心地よい。

 湖を奥へ進むと、湖底からやたらとブクブクとガスが出ているけど、あれは何なのだろう?

硫黄の臭いはしないので、火山性のものではないと思うけど、ちょっと不気味。 

 アオサギやカイツブリ等の水鳥がカヤックに追い立てられるように、飛び去って行ったり、小魚がカヤックの周囲を泳ぎぬけていく。

 

 ここが、姉川の湖への注ぎ口だ。流れが速く、ファルトボートでは、ここまでが限界。

 水が冷たく澄んでいて心地よい。

 この場所に到着する前に、流木やゴミが水面に堆積している場所があって、そこを突っ切らないといけない場所があった。運が悪いとそこで立ち往生になるので、注意しながらそこを通り抜けた。

 

 2時間ほど漕いで、この画像の橋の向こうにあるスタート地点に戻った。

 思い返せば、カヤックという趣味を始てから7年になる。鮮やかだった船体布の黄色がくすんできた気がする。年間を通してカヤックに乗る機会は多くはない僕だけど、それでもこの趣味を継続しているのは、カヤックに乗ると気持ちがリセットされる効果があるからだろう。そんな気がする。

 

 この日の距離は7キロ。

 

夕凪の湖北

 琵琶湖は、午後2時頃から波が荒れてくるので、それまでに陸に上がったほうがいい。と、よく耳にする。

 確かに、その傾向はあって、僕自身2時頃にはカヤックを終えることにしている。でも、これからの季節、日中は暑くなりがちで、短時間でもいいので夕凪の湖面を漕ぎたい気持ちになる。

 

 

 この日は夜まで風が穏やかなことを天気予報で確認して、3時半から2時間ほど、湖上散策した。

 この時期のこの場所は、湖面に菱の葉がびっしり繁っていて、樹上では鵜の営巣の盛りを迎えている。はずだった。

 そんな風景の中を漕ぎたかったのに、菱の葉は生育しておらず、鵜もいない。時期が少し早かったのか、今年はこんなふうなのかは分からない。烏丸半島の蓮も消滅したというし、毎年同じ場所に行けば同じものを見ることが出来るわけではない。どんな風景であっても、それはその時限りの風景。だから、この日にここで過ごす時間を大切にしよう。

 

 

 

 


 森羅万象生々流転、全ての現象は絶えず移り変わっている。琵琶湖には小鮎やビワマス等の在来種が豊かに溢れ、湖面では蓮や睡蓮が咲き誇るような風景をいつまでも見ていたいと思うのだが、環境の変化がそれを許さないようだ。

 波は穏やかだけど空はどんよりとしている。

 

 カヤックという趣味を始める前、陸地に三脚を立てて、いつもカメラのファインダー越しに、湖北の浮島の光景を眺めていた。

 そして、その度に、いつも思っていた。

 「あの島は、いったいどうなっているのだろう?」

 カヤックに乗ろうと思ったのは、そんな単純な思いの積み重ねの結果だった。

 

 浮島の植生は、ヤナギ類が主だと思われる。6月も中旬だというのに、瑞々しい新緑が残っている。その時々の琵琶湖の水位によって根が水中に没したり、水面に出たりする。陸地の樹木と違い、地中深くに根を張らなくても簡単に水を得ることが出来るので、地表近くに根を張っている。そのため、島の表面は、マングローブのように、根で覆われている。水に困らないのは、植物にとっては幸運なことかもしれないが、根の張り方が浅いと波で根の周囲の土が浸食され、倒木する可能性が高くなる。実際、湖岸には倒れているヤマギをしばしば目にすることがある。しかし、倒れても周囲には水があるためすぐに枯れることはなく、幹から枝が伸びて、倒れたまま生涯を送ることになる。

 もし、陸地からカメラのレンズ越しに見ていただけなら、こんな風景を見ることもなかった。何事も手で掴むことが出来るくらい近くに寄らないと、深遠に迫ることは出来ない。

 

 水深が浅いせいか、水温が高く生ぬるい。カヤックを降りて、島の周囲をジャブジャブと水を掻き分けるように歩いてみた。島はヤナギが生えているだけの世界ではなく、鵜の死骸が横たわっていた。あれだけの数の鵜がいるのだから、死骸を見ても不思議ではない。

 

 このブログは、カヤックに乗るための技術や、道具の使い心地についてはほとんど言及していない。でも、世間的に需要があるのは、どんなカヤックを買えばいいのか? といったハードウェアに関することだと思う。カヤックに乗って、僕がどう感じたのかについて、興味がある人は少ないだろう。

 地図上のGPSロガーの軌跡を見ると、小刻みにジグザグになっている。漕ぎつつ休憩を繰り返す場合、カヤックが流されるので、こんな感じの軌跡になる。

 

 この日、漕いだ距離は5.2キロ。

姉川河口

 この日、天気予報によると午前9時頃から風速4メートルの北西の風が吹くらしい。今回、漕ぐつもりなのは長浜市の南浜から姉川にかけての予定なので、琵琶湖の北西側から入った風が西岸に向けて波を運んでくるのを留意する必要がある。そういった理由で漕ぐのなら朝早い時間に限ると思い、8時半には出艇した。5月の終わりとはいえ、水温はそれほど高いわけではない。念のため、ロングジョンを着込んだ。

 前回、沖島で愛用していたカメラを水没させてしまい、いろんな機種を比較検討して、型遅れのフジの防水コンデジを安く手に入れた。今回からこのカメラを本格運用することになる。

 

 「カヤックが趣味」と言っても、その楽しみ方は幾多もある。冒険心をくすぐられるような漕行も好きなのだが、陸上生活では見られないような景色を発見しながら漕ぐのは、とても楽しいものだ。特に僕の場合、物事がどう見えるのかということがとても重要で、気に入った光景を発見するとその喜びは大変大きくなる。肉眼では捉えきれない光景も多々あるので、そうした光景をレンズを通して拾い上げながら漕ぎ進むのだ。カメラ任せでは決して気に入った調子の画像にはならないので、このブログの写真はすべて僕好みに調整してある。

 

 南浜から北西に向かい、姉川河口から川を遡る。河口部分は砂が堆積しているので浅くなっているせいか、琵琶湖からのうねりが波を作り出している。湖北地方で琵琶湖に注ぐ川では、姉川が一番大きいのではないだろうか。そして何よりも水が澄んでいる。澄んでいるはずなんだけど、この日は数日前に降った雨のせいか透明度が低いような気がする。

 温かくなってきたので、藻類の影響もあるのかもしれない。琵琶湖は広く見晴らしがいいのだが、天候の変化で急激に状況が悪化するので、どこか油断出来ないところがあるのだが、こうした川は穏やかな気分が味わえる。

 

 9時を過ぎると少しだけ風が吹き始め、雲をどこかへと運び去った。カヤックの横から水面を覗くと、薄く残った雲と太陽が川面に落ちている。ボリュームのあるカヤックは、プカプカと浮かぶのには最適だと思う。アルピナ450は、スピードや組み立て時間の短さ、カヤックとしての格好良さ!?は、アルピナ430より優っているのだが、静止時の安定性においてはやはりアルピナ430に軍配が上がる。だって、そういう艇だからそりゃそうなんだけど。

 

 姉川は、ある程度漕ぎあがると浅くなってしまい、ファルトではそれ以上進めなくなる。そこで止まって岸辺の風景を眺めていると、一瞬、舳先にセキレイが止まった。僕が驚いて舳先を見た瞬間、セキレイもすぐに飛び立って行った。ただの浮遊物だと思って羽を休めようと止まったら、人が乗っていたので驚いたのだろう。その刹那、羽が躍動し、空気を掻き回すようなブルブルという音が聞こえた。

 

 この日、姉川の川辺は香しい空気に満ちていた。この花の香りだと思うけど、どんな名前の花だろうか。

 

 カヤックの横に手を伸ばして、水中にカメラを入れて撮影してみる。この画像は上下逆ではなく、水面に川底が映り込んでいるのだ。

 

 

 その後、水面際から見える光景に惹かれ、写真をたくさん撮った。

左側の水面が盛り上がっているのは、カヤックが水を掻き分けて進むため、両舷の水面が盛り上がるためだと思われる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これはとても興味深い光景だ。水平に浮かんでいた雲が、水面で屈折し凹んだように見える。

 漣がさながらパレットナイフのように、川底の色と空の色を混ぜ合わせて、その時々で様々な色を作り出している。
 河口近くまで戻ると、琵琶湖から押し寄せる波が音を立てている。背が立つほどに水深が浅いのは分かっているけど、押し寄せる波というはちょっぴり怖い。つくづく神経が細いなあと思う。

 

 11時前には、出艇地の南浜へ戻った。出発した時の雲はすっかりどこかへ行ってしまい、浜辺に運び上げたカヤックの船体布の上を気持のよい風が吹き抜けていく。この日の移動距離は6.8キロ。

沖島

 

 今年初めての漕行記となる。昨年、水郷でお会いしたNさんとその息子さんと、5年ぶりに沖島へ渡った。それにしても、「5年ぶり」と言えるくらいのカヤック歴になったわけだが、頻繁に漕いでいるわけではないので、まだまだ初心者だ。

  9時に宮ヶ浜に到着して、カヤックを水辺まで運ぶ。そこで、赤いアルピナ450を組み上げて、出発する方がみえたので、挨拶をする。このブログを読んでくださったことのある方だった。

 ボチボチとカヤックを組み立てる。この時期、水温はまだ低いけど、陽射しが強いので、組み立てているとかなり暑い。そもそも、過去の記事で何度も書いているが、とにかく準備が大変なのである。

 特に僕の場合は、かなり用心深いので、予備パドルやパドルフロートは絶対に持っていくし、シーソックを装着していても浮力体を艇内に入れ込むし、今までに一度も使ったことのないビルジポンプも必ず装備する。なぜ、ビルジポンプを使ったことがないかというと、艇内に水が入らないように乗り込んでいるからではない。

 膝の下あたりに、洗車用のウエスを敷いていて、それに水が染み込んだら、絞って捨てているからである。もし、大量に水が入るような事態になったら、これはかなり怖い状態だと思うので想像もしたくないが、さっさと上陸して水抜きするか、沖でそういう状況に遭遇したら(それって、沖で沈した後、再乗艇っていうことだけど)、艇内の水を掬うためのカップを常備している。じゃあ、ビルジポンプいらんやんってことになるけど、それはそれで必要かと。みんな持っているし(笑)

 カヤックは怖いとか大変とか、いろいろ書いているけど、それでも乗るのは、それ以上に得られるものが大きいからである。「得られるもの」については、一言で表現するのは困難だ。過去の記事からそれを感じ取って欲しいと思う。

 そんなわけで、単独で沖へ出ることはまずないので、今回はNさんに同行してもらい、沖島へ渡ることにした。

 

 まずは、伊崎寺の飛び竿を見に行くことにする。断崖にお堂が建っていてそこから飛び竿が突き出ている。上から見るとかなりの高さだと思われる。いつか陸から伊崎寺に行って、上からの景色も見てくるつもりだ。 

 

 この時期、新緑がとても美しい。桜の季節は短いが、新緑の期間もかなり短い。湖面に新緑が映り込んで、この季節特有の景色が楽しめる。

 

 伊崎寺のある半島から、沖島へ向かう。湖面の状態と時間的に余裕があったので、一周することにした。

この日の写真はここで終わり。

 沖島のの北東部で休憩するために上陸しようと、カヤックから降りた瞬間、藻が生えている岩の上に脚を滑らせて、胸まで水に浸かってしまった。首から提げていたカメラが水に浸かって、お釈迦になってしまった。5年ほど使用したコンデジだけど、敢えて防水カメラではなく、そのコンデジを使っていたのはRAWで撮影出来て広角側の撮影に利があるから。まあ、5年も使ったので元はとっくに取っているだろうけど、慣れ親しんだ自分好みの写真が撮れるカメラであっただけに、悔しい思いだ。次に使うカメラは、好みの描写をしてくれるかなあ。

 Nさんの水温計によるとこの日の水温は、15度。ロングジョンを着ていたせいか、沈してもそれほど冷たくは感じなかった。

 この後、島を一周した後、宮ヶ浜へ戻った。画像がないと、漕行記も突然終了する。いつも文章を書くときは画像を見ながら記憶を呼び起こして書いているから、画像がないと思い出せないのである。

 宮ケ浜へ戻ったとき、朝、出会った赤いアルピナ450のHさんが、片付け作業をしておられた。この日は20キロ漕いだとのこと。すごく速く漕ぐ人だなあと思った。

邂逅の水郷

 

 まだ11月の初めだというのに、寒い日が数日間続いた。こんなに寒くなったら水辺で遊ぶのはきついなと思っていたら温かい休日に恵まれた。こんな日こそ、カヤックに乗るチャンスだ。他の用事は犠牲にしてでも、出かけなくては!

 秋の行楽と言えば、紅葉狩りなのだが、僕としては金色に輝く葦原が続く水郷を漕ぎたい。いや、心情的は、漕がなくてはならないと言った方がいい。昨年の秋はここへ来ることは出来なかった。

 昨日と同じ今日、今日と同じ明日が、永遠に続いていくなら、「漕がなくてはならない」といった心情にはならない。僕くらいの年齢になってくると、あらゆる意味で「失う」ということが、徐々に身に染みて実感出来るようになる。毎年、同じ季節であれば同じ表情を見せてくれるこの水郷も、細部に至るまで同じというわけではなく、どこか違っている。今年の水郷の風景は来年には存在しない。

 いつもの出艇場所に到着して、カヤックのザックを降ろすと、ほどなく1台の車が到着し、ファルトボートが入っていると思われるバッグを降ろしている人がいた。少し話をしていると、このサイトを見てくださっているNさんだった。そんなこともあり、この日はNさんと一緒に漕ぐことにした。
 

 桜並木の水路を通り、葦原の水郷を抜けて西の湖へ向かう。Nさんは僕の後ろを漕いでいるので、ちゃんと着いて来ているか、Nさんの存在をパドルの音で確認しながら進む。もしこの日Nさんに会わなかったら、水郷部分を散策して終わっていただろう。やはり誰かと一緒だと、長い距離を漕いでみようという気になる。時折、冷たい風が吹き抜けていく。湖面一面が水鏡になるほど静かな状態ではないけど、この日は終始穏やかな日だった。さざ波に乱反射してキラキラと輝く湖面が美しい。

 水郷の葦原には、冬の水鳥がたくさん隠れていて、カヤックが近づくと驚いたように飛び去っていく。こちら側には悪さしようという気は無いので、そのまま同じ場所で綺麗な羽を見せてくれてもいいのだが、それはあちらの事情が許さないようだ。

 鴨鍋食べたいなあ。

 

 いつもの貝殻がたくさん落ちている岸辺で休憩する。水郷は意外なほどに上がれる場所が少ないので、休憩ポイントはいつも自ずから決まってきてしまう。Nさんは、今年からカヤックを始められたということで、新品の船体布はとてもきれい。僕のカヤックもついこの前まではそんな状態であったはずなのに、あちこちに補修の跡が年々増えて、色褪せてきている。

 僕のカヤックがまだ新品だった頃、この水郷で不思議な出会いをしたことがある。カヤックや琵琶湖のことがよく分からなくて、メールで親切に教えてくださった方に偶然出会ったのだ。僕はずっとその人を男性だと思ってメールしていたのだが、会ってみたら女性だったということもあり、お互いにメール相手であることを認識した瞬間は、不思議な気持ちで包まれていた。その時はカヤックを漕ぐどころではなく、お互いのカヤックを手で捕まえて、少しの間話し込んだんだったな。

 あれから6年、水上に出る度に、このサイトに必ず記録を残している。更新が稀なので、継続しているのかどうかよく分からないブログなのだが、それが続けるコツである(笑)

 この日、ご一緒したNさんもそうだが、ごく稀に、メールをいただくこともあるので、読んでくださってそれなりに役に立つこともあるのだろう。

 

 水郷に来ると必ず訪れる「よしの大竜神」。初めてここを訪れた6年前には祠の右側に木が生えていた。訪れる度に、枝が短くなり、ついには枯れて無くなってしまった。この祠と対になる木だったのに無くなってしまったのは残念だ。

 でも、上の画像を見ると6年前の画像にはなかった木が祠の左側に生えている。あの木の子孫だろうか。「失う」ことはとても残念なことである。失ったものは、かつて存在していたものであり、確定した過去がある。その過去にいつまでも固執していると、喪失感でいっぱいになる。失った後に、何かが生まれてくることが確定しているのなら、寂しい気持ちにはならないが、生まれるかどうかは不確定である。生々流転、生死流転の間に漂う身としては、傍観するしかない事柄が多すぎる。

 

(2010,12,6の記録)
 

 ここまで来ると、残りの漕程はあと少し。午後2時を過ぎたばかりなのに、日差しが弱くなってきた。竜神さんの辺りから、水郷巡りの観光和船の往来が多くなる。カヤックとはスピードが違うし、狭隘な水路ではすれ違うことが危険なので、通過するまで待ったり、後を付いて行ったりするのだが、たまに船頭さんと挨拶を交わしたり、船頭さんとお客さんとのやり取りを聞けるので、漕いでいて退屈せずに楽しめる。

 

 

帰宅してから調べてみたらNさんから7月にメールをいただいていて、

「いつか一緒に漕ぎましょう」

と、僕はNさんに返信をしていた。

またいつか、どこかでご一緒しましょう。

この日漕いだのは、10.8キロ。