〜カヤックで琵琶湖を旅するブログ〜
水郷2017

 近江八幡の水郷の葦原が金色に染まったら、年内に一度はここに来ないといけない。

 寒くなってくる時期でもあるので、動くのが億劫になり、家でぬくぬくしていたいのだが、そんなことではいけないと思い、今年もここを漕ぐことにした。

 そんなふうに思うなら、家でぬくぬくしていればいいのにと、思われるかもしれないが、そういうわけにはいかない。なぜなら、ここを漕いだ後は、来て良かったと後で思い返すことが出来るからだ。

 家でぬくぬくと過ごしたいると、その日のことは日常に埋没してしまい、記憶に残ることはない。

 

 

 いつものグランド横に車を駐車したら、先客の車が1台駐車してあった。屋根に、カヤックを固定するレールが装着してあるので、リジッドに乗っている人なのだろう。僕の知らない人だな。

 

 カヤックを組み立てて、いつもの場所から出て、いつもの水路を通り抜ける。少し開けた場所に出ると、遠くの方に青いカヤックが見えた。この日は風もなく初冬にしては暖かな日だったので、陽気に誘われて水辺の旅を楽しんでいるのだろうか?

 どんな人なのか、近寄ってみようと思い、パドルを進めていると、その人もこっちに近づいてくる。近くまで来て、挨拶もしたのに、一瞬では気が付かなかった。何て非礼な。昨年、ここで偶然、お会いしたNさんだった。その後、今年のGWにも、沖島一周でご一緒いるのに、カヤックに目が行って分からなかったとは。

 

 実は前日、フェイスブックのカヤックのコミュニティに、僕がここに来ることを書き込んだのを見て、来てくださったとのこと。僕が書き込んだのは、日常に埋没しないように、ここに来るため。Nさんも、寒くなったし、何かのきっかけがないとなかなかカヤックをしようという気になれず、同じような気持ちでいたところ、僕が書き込んだのを見て、ここに来てくださったらしい。

 

 

 

 Nさんは、僕と合流する前に、1時間ほど水郷の中を漕いだとのこと。僕に同行して同じところを漕いでもらうのは、心苦しかったけど、付き合ってくださるようだ。この日は、西の湖のような広い景色を見るのではなく、水郷の迷路の中を漕ぎたかった。

 鴨類を中心とした渡り鳥が、水郷の葦原のあちらこちらに潜んでいて、カヤックが近づくと、驚いて飛び去って行く。それを何回も繰り返しながら、漕ぎ進むのだが、飽きることのない行為だ。

 

 葦で囲まれた水路を漕いでいると、繁った葦の合間に、ベンチが設置してある場所がある。水郷周て辺の陸地を歩いたことがないので、このベンチに座るには、どの小道を歩けば、たどり着けるのだろうかと思う。

 

 この日は、2時間ほど水上をウロウロした。またいつか、きっとここに来よう。

 

 

沖島

 

 今年初めての漕行記となる。昨年、水郷でお会いしたNさんとその息子さんと、5年ぶりに沖島へ渡った。それにしても、「5年ぶり」と言えるくらいのカヤック歴になったわけだが、頻繁に漕いでいるわけではないので、まだまだ初心者だ。

  9時に宮ヶ浜に到着して、カヤックを水辺まで運ぶ。そこで、赤いアルピナ450を組み上げて、出発する方がみえたので、挨拶をする。このブログを読んでくださったことのある方だった。

 ボチボチとカヤックを組み立てる。この時期、水温はまだ低いけど、陽射しが強いので、組み立てているとかなり暑い。そもそも、過去の記事で何度も書いているが、とにかく準備が大変なのである。

 特に僕の場合は、かなり用心深いので、予備パドルやパドルフロートは絶対に持っていくし、シーソックを装着していても浮力体を艇内に入れ込むし、今までに一度も使ったことのないビルジポンプも必ず装備する。なぜ、ビルジポンプを使ったことがないかというと、艇内に水が入らないように乗り込んでいるからではない。

 膝の下あたりに、洗車用のウエスを敷いていて、それに水が染み込んだら、絞って捨てているからである。もし、大量に水が入るような事態になったら、これはかなり怖い状態だと思うので想像もしたくないが、さっさと上陸して水抜きするか、沖でそういう状況に遭遇したら(それって、沖で沈した後、再乗艇っていうことだけど)、艇内の水を掬うためのカップを常備している。じゃあ、ビルジポンプいらんやんってことになるけど、それはそれで必要かと。みんな持っているし(笑)

 カヤックは怖いとか大変とか、いろいろ書いているけど、それでも乗るのは、それ以上に得られるものが大きいからである。「得られるもの」については、一言で表現するのは困難だ。過去の記事からそれを感じ取って欲しいと思う。

 そんなわけで、単独で沖へ出ることはまずないので、今回はNさんに同行してもらい、沖島へ渡ることにした。

 

 まずは、伊崎寺の飛び竿を見に行くことにする。断崖にお堂が建っていてそこから飛び竿が突き出ている。上から見るとかなりの高さだと思われる。いつか陸から伊崎寺に行って、上からの景色も見てくるつもりだ。 

 

 この時期、新緑がとても美しい。桜の季節は短いが、新緑の期間もかなり短い。湖面に新緑が映り込んで、この季節特有の景色が楽しめる。

 

 伊崎寺のある半島から、沖島へ向かう。湖面の状態と時間的に余裕があったので、一周することにした。

この日の写真はここで終わり。

 沖島のの北東部で休憩するために上陸しようと、カヤックから降りた瞬間、藻が生えている岩の上に脚を滑らせて、胸まで水に浸かってしまった。首から提げていたカメラが水に浸かって、お釈迦になってしまった。5年ほど使用したコンデジだけど、敢えて防水カメラではなく、そのコンデジを使っていたのはRAWで撮影出来て広角側の撮影に利があるから。まあ、5年も使ったので元はとっくに取っているだろうけど、慣れ親しんだ自分好みの写真が撮れるカメラであっただけに、悔しい思いだ。次に使うカメラは、好みの描写をしてくれるかなあ。

 Nさんの水温計によるとこの日の水温は、15度。ロングジョンを着ていたせいか、沈してもそれほど冷たくは感じなかった。

 この後、島を一周した後、宮ヶ浜へ戻った。画像がないと、漕行記も突然終了する。いつも文章を書くときは画像を見ながら記憶を呼び起こして書いているから、画像がないと思い出せないのである。

 宮ケ浜へ戻ったとき、朝、出会った赤いアルピナ450のHさんが、片付け作業をしておられた。この日は20キロ漕いだとのこと。すごく速く漕ぐ人だなあと思った。

邂逅の水郷

 

 まだ11月の初めだというのに、寒い日が数日間続いた。こんなに寒くなったら水辺で遊ぶのはきついなと思っていたら温かい休日に恵まれた。こんな日こそ、カヤックに乗るチャンスだ。他の用事は犠牲にしてでも、出かけなくては!

 秋の行楽と言えば、紅葉狩りなのだが、僕としては金色に輝く葦原が続く水郷を漕ぎたい。いや、心情的は、漕がなくてはならないと言った方がいい。昨年の秋はここへ来ることは出来なかった。

 昨日と同じ今日、今日と同じ明日が、永遠に続いていくなら、「漕がなくてはならない」といった心情にはならない。僕くらいの年齢になってくると、あらゆる意味で「失う」ということが、徐々に身に染みて実感出来るようになる。毎年、同じ季節であれば同じ表情を見せてくれるこの水郷も、細部に至るまで同じというわけではなく、どこか違っている。今年の水郷の風景は来年には存在しない。

 いつもの出艇場所に到着して、カヤックのザックを降ろすと、ほどなく1台の車が到着し、ファルトボートが入っていると思われるバッグを降ろしている人がいた。少し話をしていると、このサイトを見てくださっているNさんだった。そんなこともあり、この日はNさんと一緒に漕ぐことにした。
 

 桜並木の水路を通り、葦原の水郷を抜けて西の湖へ向かう。Nさんは僕の後ろを漕いでいるので、ちゃんと着いて来ているか、Nさんの存在をパドルの音で確認しながら進む。もしこの日Nさんに会わなかったら、水郷部分を散策して終わっていただろう。やはり誰かと一緒だと、長い距離を漕いでみようという気になる。時折、冷たい風が吹き抜けていく。湖面一面が水鏡になるほど静かな状態ではないけど、この日は終始穏やかな日だった。さざ波に乱反射してキラキラと輝く湖面が美しい。

 水郷の葦原には、冬の水鳥がたくさん隠れていて、カヤックが近づくと驚いたように飛び去っていく。こちら側には悪さしようという気は無いので、そのまま同じ場所で綺麗な羽を見せてくれてもいいのだが、それはあちらの事情が許さないようだ。

 鴨鍋食べたいなあ。

 

 いつもの貝殻がたくさん落ちている岸辺で休憩する。水郷は意外なほどに上がれる場所が少ないので、休憩ポイントはいつも自ずから決まってきてしまう。Nさんは、今年からカヤックを始められたということで、新品の船体布はとてもきれい。僕のカヤックもついこの前まではそんな状態であったはずなのに、あちこちに補修の跡が年々増えて、色褪せてきている。

 僕のカヤックがまだ新品だった頃、この水郷で不思議な出会いをしたことがある。カヤックや琵琶湖のことがよく分からなくて、メールで親切に教えてくださった方に偶然出会ったのだ。僕はずっとその人を男性だと思ってメールしていたのだが、会ってみたら女性だったということもあり、お互いにメール相手であることを認識した瞬間は、不思議な気持ちで包まれていた。その時はカヤックを漕ぐどころではなく、お互いのカヤックを手で捕まえて、少しの間話し込んだんだったな。

 あれから6年、水上に出る度に、このサイトに必ず記録を残している。更新が稀なので、継続しているのかどうかよく分からないブログなのだが、それが続けるコツである(笑)

 この日、ご一緒したNさんもそうだが、ごく稀に、メールをいただくこともあるので、読んでくださってそれなりに役に立つこともあるのだろう。

 

 水郷に来ると必ず訪れる「よしの大竜神」。初めてここを訪れた6年前には祠の右側に木が生えていた。訪れる度に、枝が短くなり、ついには枯れて無くなってしまった。この祠と対になる木だったのに無くなってしまったのは残念だ。

 でも、上の画像を見ると6年前の画像にはなかった木が祠の左側に生えている。あの木の子孫だろうか。「失う」ことはとても残念なことである。失ったものは、かつて存在していたものであり、確定した過去がある。その過去にいつまでも固執していると、喪失感でいっぱいになる。失った後に、何かが生まれてくることが確定しているのなら、寂しい気持ちにはならないが、生まれるかどうかは不確定である。生々流転、生死流転の間に漂う身としては、傍観するしかない事柄が多すぎる。

 

(2010,12,6の記録)
 

 ここまで来ると、残りの漕程はあと少し。午後2時を過ぎたばかりなのに、日差しが弱くなってきた。竜神さんの辺りから、水郷巡りの観光和船の往来が多くなる。カヤックとはスピードが違うし、狭隘な水路ではすれ違うことが危険なので、通過するまで待ったり、後を付いて行ったりするのだが、たまに船頭さんと挨拶を交わしたり、船頭さんとお客さんとのやり取りを聞けるので、漕いでいて退屈せずに楽しめる。

 

 

帰宅してから調べてみたらNさんから7月にメールをいただいていて、

「いつか一緒に漕ぎましょう」

と、僕はNさんに返信をしていた。

またいつか、どこかでご一緒しましょう。

この日漕いだのは、10.8キロ。

 

2014年の水郷


 カヤックに乗るのは4ヶ月ぶり。夏の間は暑くて乗る気になれなかったし、9月、10月は自転車のロードレーサーを買ったこともあり、それに時間を費やしたため、カヤックには乗っていなかった。しかし、秋に一度は水郷を漕いでおきたい。そんなわけで、いつものコースを漕ぐのだが、今回は、てっさんとS君が同行してくださることになった。

 自宅を出る頃、外気温は4度。ここ数日は冷え込んでいる。9時に近江八幡駅で集合して、いつもの下の写真の出艇地に到着した。





 空気が乾燥していて、澄んでいる。そのせいか、雲がとてきれいにはっきりと見える。準備をしている間、観光船が何艘も通り過ぎて行った。気温が低くなってくると船体布が硬くなってしまい組み立てづらい。テンション掛けがうまく決まらず、ジッパーが閉まらない。あまり強引にやり過ぎると、破損に繋がるので、再度テンション掛けを強くしたら何とかジッパーが閉まった。毎回、この作業工程は苦労するのだ。

 組み立ても終わり、10時に漕ぎ出す。この日は、天候に恵まれた。秋と冬の間の不安定な時期なので、晴れていても時雨れてくることがあるのだが、この日はそんなこともなかった。





 
 モーターパラグライダーをやっている人が低空で通り過ぎて行った。

 上空から見下ろす風景。水上数十センチのところから見る風景。同じ場所にいても、全く別世界がそこにはあるのだろう。

 葦の迷路を抜けるとそこは西の湖。かつて、西の湖の東側には、西の湖よりも大きな内湖が存在していた。現在は広大な農地になっているが、その光景を見ることも出来ない時代に生まれたのは真に口惜しい。もし、大中の湖が現存していたら、カヤックライフは更に充実するだろう。(って言うほど今年は乗ってないけど。)







 内湖の水は、濁っている。でも、空を映し出す水面は、それを感じさせない。どんなに濁った沼でも、鏡のように空を映し出す事が出来るのだろうか。油が浮いているような水面だと無理なのだろうが。




 2時間ほど濃いだので上陸して昼食にする。水郷は、葦原に阻まれていて上陸出来るポイントがほとんどない。


 この場所で、今年の8月からカヤックを始められた方に出会った。楽しくって仕方がない感じだった。分かるなあその気持ち。


 この日、てっさんとS君は、二十数年前のフジタカヌーのウッドのタンデム艇を使用。古くっても現役に使えるものはいいなあと思う。最新式のものは、最新式であるがゆえに、すぐに最新式ではなくなる。しかし、トラディショナルなタイプは、数年後もトラディショナルなタイプであり続けるのだ。僕のアルピナ2−430の事じゃなくって、一般的な話ですよ。念のため。

 





 水郷に来たからには、ここだけは外せない。言わずと知れた「よしの大竜神」。竜神に「大」が付いているくらいだから、何か謂れがあるのだろうか。

 ここで、先ほど、昼食休憩の時に出会った方と再会。水郷は葦の迷路になっているので、ゲリラ的に、人と出会うのがおもしろい。

 そこから水郷の西側の水路を通り、出艇地に戻る。写真の「よしの大竜神」の左側の水路を通って出艇地に戻る事も出来るけど、途中の水路を観光船の進路に対して逆の進路を取ることになるので、大変危険。それは避けた方がいいと思う。

 スタート地点に戻り、撤収する。

 漕いだ距離は11キロ。






秋の水郷



 秋になったら、ここを漕ぎに来ようと思っていた。風が穏やかでよく晴れた日が良かったのだが、日常の生活との絡みもあり、ベストなコンディションとは言い難いこの日に漕ぐことになってしまった。今回から、寒い時期は先月購入したロングジョンを着用することにした。自宅を出るときからロングジョンを着込んで、そのまま一日を過ごしたけど、これはかなり温かい。
 この日のウエアリングは、下着代わりに上下にラッシュガードを着た後でロングジョン、その上にホットカプセルとトレッキングパンツ、さらに上はフリースという格好だ。それでも寒ければカッパを着ることにした。
 
 いつものグランドの横でカヤックを組み立てる。この日のカヤックはアルピナ2−430。いつも思っているのだが、この場所は、組み立てる場所が傾斜地になっているためか、微妙に組み立てにくい。組みあがった時に、センターがずれていることがしばしばあるが、それが漕ぎに影響することもないので、そんなことはお構いなしだ。

 漕ぎだして、体がどこか疲れているのを実感する。あまり長距離は漕ぎたくない。風も吹いてきたし、西の湖を一周するのはやめて、葦原の中で過ごすことにする。








 平日だということもあり、とても静かだ。たまに、水郷巡りの船とすれ違うくらいだ。この先にある西の湖だけど、

「何で西の湖なの?どこから見て西なの?」

という疑問があった。そして、地図上の西の湖の北東に「大中の湖干拓地」と記載されているが、変な地名だと思っていた。調べてみると、かつて、「西の湖」の北東には「大中の湖」が、東には「小中の湖」という内湖があったらしい。「小中の湖」は、東から順に、「伊庭内湖」、「弁天内湖」で形成されていた。これらの内湖は全て繋がっていたらしい。

 滋賀県立大学の学生が興味深いレポートを閲覧に供している。(LINK)

 それにしても惜しい。もし、琵琶湖の最大の内湖であった「大中の湖」が現存していれば、カヤックで漕ぐにはかなり楽しい場所であったろうに。農地開拓の目的で干拓事業を行ったのであろうが、その行き着く先が減反政策とは。行き当たりばったりもいいところである。

 今は、せめて残された内湖の景観を楽しむことにしよう。
 





 
 風が雲をどんどん運んでくる。虚像の空が水面に広がっている。実像よりも虚像の方が、様々な感情を呼び起こすのはなぜだろう。水面に映ることで抽象化されるためか。抽象化された分、足りない部分を想像が補うためだろうか。







 この日の目的地のうちの一つ。水郷のランドマーク、言わずとしれた「よしの大竜神」。もし、弁天内湖が干拓されずにいたら、その内湖に存在した弁財天が祭ってある小島と、この「よしの大竜神」を結ぶルートでツーリングを行うというのも、楽しかっただろうに。

 それにしても、この祠の右側にある樹は、初夏の頃(LINK)と枝振りが変わっている。誰かが剪定したに違いない。でも、この樹って、既に枯れているのではないだろうか?もし、次の初夏に芽吹いて来ることがあるなら、とても嬉しく思うのだが。この樹がないと、葦原に、祠だけがポツンと存在する寂寥感漂う風景になってしまう。

 





 日本海の方から分厚い雲が流れてくる。いつ時雨だしてもおかしくない天気だ。でも、公園で昼食を取る間くらいは、大丈夫だろう。この水郷には何回も来ているけど、このウッドデッキから公園に上陸したことはなかった。この日は、幸いなことに、ウッドデッキに上がるのに適した水位だ。ウッドデッキの柱にカヤックを押し付けるようにして上がり、その後、カヤックを引き上げた。

 この日のメニューはカレーヌードル。寒くなってくると、こういう温かいものがありがたい。30分ほど休憩した後で、再び「よしの大竜神」の前を通過し、水郷の西側の水路を通り出艇地へ戻ることにする。








 人工物が何もない。時折、風の葦を揺らす音が、パドルの立てる音のリズムの中に溶け込んでは消えていく。シンプルな状況であればあるほど、世界はダイレクトに自分と繋がるような気がする。





 

 
 この日、水上で過ごしたのは3時間ほどで、漕いだ距離は6.6キロ。

 準備と撤収に1時間半くらい要するのはファルトの宿命だが、その時間は早く流れていくので退屈な時間ではない。


 車にカヤックを積み込んで30分ほどしたら、冬の初めの冷たい雨がフロントガラスに落ちてきた。

 今年はあと一回くらいはどこかで漕げるといいのだが。



 
ヨシキリの鳴く水郷



 ついこの前、桜が散ったばかりなのに、季節は既に初夏だ。数日前まで肌寒い日が続いていたのに、日差しの強さが季節の移ろいを物語っている。水郷に行くのはいつも秋の終わりか冬だった。桜の季節もいいのだろうけど、それは今後の楽しみに残しておくとして、初夏の水郷はどうなっているのか漕いでみることにした。吉田兼好なら、「花は盛りに葦は冬枯れのみを漕ぐものかは」と、言ったに違いない。

 いつもの場所に、9時ころに到着しカヤックを組み立てる。この日はアルピナ2−430に乗ることする。琵琶湖のような広い場所をグイグイと漕ぎたい時はアルピナ1−450ハイブリッドだけど、水郷のように狭い水路に迷い込みながらゆっくりと漕ぐような場合はこの艇がいい。準備が整ったので9時30分にカヤックに乗り込む。いつものことながら、この瞬間は何とも言えない高揚感に包まれる。



 グランド沿いの水路を北西に向けて漕ぎ進む。ゴールデンウィーク中ということもあり、水郷巡りの観光船が行き交っている。観光船の後ろにくっついて狭い水路を漕ぐ。天気が良いせいか日差しがきつい。この日は久しぶりにベトナム笠を被った。水郷風景に笠はよく似合うような気がする。頭の上を風が通り過ぎて行くので涼しくて快適だ。


 

 下の画像のような狭い水路が、この水郷には無数にある。その一つ一つを探っていくのは楽しい作業だ。どこかに通じている水路もあれば、袋小路(袋水路!?)になっている水路もある。行き止まりになるまでは、どこかに繋がっているはずなので、それがどこなのかを探るために進んでみる。初めて水郷に来たころには、迷路の深みに嵌ると二度と抜け出せない世界に迷い込んでしまいそうなのが恐ろしくて、ナビを使って自分の位置を確認しながら漕いでいたけど、今では迷うこと自体が楽しくなっている。






 この日もフィルムカメラを持ってきたけど、雲一つない青空で風景写真を撮るには適していない状況だ。そういうわけで、このカメラの出番は少なかった。次回に期待しよう。







 西の湖を一周しようと思ったけど、天気予報に反して風が吹いている。それほど強い風ではないけれど、針路を維持するのに少しがんばらないといけないくらいの風だったので、西の湖を一周するのは避けて長命寺川を下り水郷へ戻ることにした。長命寺川も風が吹いている。川の両岸は釣り人でいっぱいだ。ここは漕いでいてあまり楽しくない区間だ。






 両岸の釣り人の邪魔にならないように、出来るだけ川の中央部を漕ぐようにする。風は強くなってくるし、釣り人はいるし、景色はつまらないので、パドルをひたすら動かすことに専念する。そうしているうちに、一匹の小魚がコックピットに飛び込んできた。小鮎かな。手ですくい上げて、川に放してやったらすぐにどこかへ泳いで行ってしまった。






 長命寺川から水郷へ向かう水路に入ると、途端に風は止む。少し進むと左方向に、通ったことがない水路があるのを発見したので、入ってみる。その水路を抜けると、真珠の養殖場にたどり着いた。こんなルートがあるとは気が付かなかった。狭い水路は、水草の茂り具合や水量によって、通行が出来たり出来なかったりするのだろう。夏になったら、水草で通れない水路が増えるのだろうな。






 水郷の岸辺には、こういった取水小屋をよく見かける。小屋の中は、川から水を汲み上げるポンプが入っているのだろうけど、ハックルベリーでも住んでいそうな雰囲気だ。






 少し進むうちに、また通ったことのない水路が目に入ったので、そちらへ入ってみる。小さな水路を丹念に探っていくのは何て楽しいのだろうか。突き当りは、水郷巡りの観光船の発着場所になっていて、そこには鯉のぼりが泳いでいた。
 昼になったので、カヤックに乗ったまま、おにぎりを頬張ることにする。水郷はカヤックから降りて休憩出来る場所が少ないのだ。






 この日は、始終、ヨシキリが鳴いていた。葦に囲まれた水路を漕ぎ進んでいるとけたたましく鳴きながら飛んでいる姿が目につく。小さな鳥だけど、その鳴き声のためか、存在が際立つのだ。ヨシキリは留鳥かと勝手に思い込んでいたが、調べてみたら渡り鳥だった。秋や冬にヨシキリを見かけなかったのはそのためだ。






 言わずと知れた「よしの大竜神」。水郷のランドマークだ。水郷に来たら、一度はこの前を通りたい。






 「よしの大竜神」を過ぎた直後、蛇が泳いでいるのを発見。もしかしてこれが竜神!?
先ほどの長命寺川の小鮎のように、コックピットに飛び込んで来たらパニックになるので、写真を撮ったら一目散に蛇から離れることにする。





 グランド横の水路を来た時とは逆方向に戻るが、これが失敗。水路が狭いので、観光船とすれ違うのに気を使うのだ。この水路は一方通行だと考えた方がいい。次回は、別ルートを通って戻ることにしよう。
 出艇地まで戻ったけど、まだ漕ぎ足りないような気がしたので、グランドの西側の葦で囲まれた水路を漕いでみる。いつもは、真ん中の水路を通るのだけど、北側の水路はどうなっているのだろうと思い、通ってみた。北側の水路は、水路沿いに遊歩道があるせいか、ゴミが浮いている。真ん中の水路は遊歩道に面していないので、ゴミがない。観光船が真ん中を通るのが分かるような気がする。

 水郷の中には、水面に幹がせり出したように生えている木をたまに見かける。この木なんて、麦わら帽子を被ったトム・ソーヤが座って、釣り糸を垂らしている姿がよく似合いそうだ。この夏には、マーク・トウェインの小説でも読んでみようか。





 2時近くにカヤックを引き上げて、撤収する。船体布が乾くのが速い。さすがに初夏だ。カヤックのかたづけが終わりかけたころ、水郷の中から誰かが話しかけて来た。声の方を見ると、赤いアルピナ2−430に乗った60代の男性だった。普段は青森に住んでいて、キャンピングカーにカヤックを積んで日本中を旅しながら水上散歩をしておられるらしい。今回は旅に出て二か月くらいとのこと。定年後に、そういう旅をするのが夢だったらしい。
 僕は、常々、早く年を取って定年退職したいと思っているので、それを告げたところ、「いつかは誰にでもそういう時期が訪れるのだよ。」と、津軽訛りで言われた。「いつかは」「そういう時期」、僕はそこまで無事にたどり着けるのだろうか。

 この日漕いだ距離は10キロ。


2013年の漕ぎ初めは水郷で。



 久々にカヤックに乗る。前回は10月20日だったから、2ヶ月半ぶりかな。紅葉の時期にカヤックに乗りたかったけど、用事があったり天候が悪かったりでそれは適わなかった。そんなわけで、寒い季節だけど水郷へ出かけた。

 起床してすぐにお湯を沸かして魔法瓶にジャスミン茶を入れる。この季節、すぐに飲める温かい飲み物が必要だ。沈してもいいように着替えを一式ドライバッグに入れる。この時期、低体温症が怖いのだ。

 出艇地に到着してカヤックを組み立てる。穏やかな風のない日なので、カヤックを出す人で大混雑していたらどうしようと思ったが、誰もいない。この日は写真撮影が目的でもあるので、アルピナ2−430に乗ることにする。毎度のことだが、テンション掛けとジッパーを閉める作業が苦労する。無理やり閉めるとジッパーやその周囲の船体布を傷めてしまう。これって何かコツみたいなものってあるのだろうか。この艇の構造上、ある程度はジッパーの周囲の船体布に、負担がかかるのは止むを得ないのだろうけど。

 いつもは出艇地から北へ向かい、水路を通って水郷を抜けた後は西の湖へ向かうルートを取るのだが、今回は逆から周ることにした。葦に両側を囲まれた水路を進む。静かだ。風がない。空気の動きがとまっている。動いているのはパドルだけだ。鏡のような水面にパドルを差し込むとそこから波紋が広がっていく。葦で囲まれた空間は、回廊や部屋のような区画になっている。いずれにしても、パドルが作り上げた波紋は、葦で囲まれた区画の中で収束する。





 言わずと知れた「よしの大竜神」。

 なぜ、この場所にこの祠があるのだろうか。何か伝説があるのだろうか。右側の木はご神木か。ご神木の割には小さいが。

 実はこの場所には年末年始の休暇に来ようと思っていた。でも、年末に祖母が急にたおれてしまい老健施設に入所してしまった。一時はかなり危なかった。その事が気になってあまり遠出は出来なかったのだ。

 ほんの半月ほど前までは、頭もしっかりしていて自分の身の回りの世話は自分で出来ていたのに、今は呼びかけには応えるが、反応が鈍く、何をする意欲もなさそうでベッドに横になっている時間がほとんどだ。何かをしたいとは思わないようなので、祖母の周囲にはとにかく物がない。人は心臓が動いていて食事が自分で出来ればそれで生きていると言えるのか。何も意欲がない状態というのはどういうものだろうか。死を意識するのかあるいはしないのか。。。。


 現在読書中の司馬遼太郎「峠」 の中にこんな一説がある。


−そのあたりの草も、石ころも、流れる水も、飛ぶ鳥も、その鳥の影もすべておのれと同質である。すこしのかわりもない。−
−自然に融けて呼吸しておればよい。死も生も自然の一形態にすぎず、一表現にすぎず、さほど重大なものではない。−



 この水郷の中にいると、それが強く意識の中に刻み込まれていく。そう言えば、ずっと以前、祖母がまだ元気な時に(それでも90歳は超えていたけど)、「これくらいの歳になると死ぬことは怖くはない、若い頃は怖かったけどね。」って言っていたなあ。この境地に達しているのだろうか。




 水郷に来たかった理由は、6×12のサイズで撮影出来るカメラを買ったからだ。カヤックからの眺めは、視界が横方向へ広がって見える。そのため、横長の画角を持ったカメラが欲しいと思っていた。横長だが、縦に構えればもちろん縦長になるのだけど。

 このカメラ、使うのに一工夫必要で、実はまだこの日は本格運用ではない。試験的に持ち出している状態だ。






 葦の藪の中に、舟屋がある。かなり生い繁っているのに、その藪を掻き分けてここで舟に乗り込むのだろうか。

 この舟屋を見た後で、水郷を抜けて西の湖へ向かう。




 葦の「壁」沿いに漕いでいると、遠くに黄色いくちばしの白い水鳥がいるのが見えた。まさかこんなところでハクチョウ?と思ったが、一羽しかいないのは妙だ。近寄って確認してみることにする。近づくうちに、水路は行き止まりになってしまった。白い鳥の正体はアヒルだった。行き止まりの場所でアヒルが行き場所をなくして困っているようだったので、気の毒に思い、正体も確認出来たことだし、西の湖へ引き返すことにする。







 それにしても、水のある風景というのは何でこんなに情緒的なのだろうか。気持ちと同じで移ろうものだからなのか。







 
 この水郷を初めて訪れたときは、迷子になりそうで怖かった。葦の壁に囲まれた水路では、迷路状態でその外側がまったく見えず、ナビをカヤックに持ち込んで現在地を確認しながら漕いでいたけど、今はどの水路がどこに通じているのか、大まかに分かるようになった。少なくとも地図もナビも必要なくなった。

 そのうち、小さな水路にも入ってみよう。


【四十にして惑わず】
 
迷わずに済むようになったのは、この水郷くらいか。




彦根で塩抜きカヤック



 
 先週、日生で海を漕いだので、今週はカヤックの塩抜きを兼ねて琵琶湖へ出かけた。

  今回漕ぐ場所は、9月のツーリングの続きとなる彦根の松原水泳場から出ることにした。自宅を出るのが遅くなってしまい、到着したのが11時15分。カヤックを組み立てていたら12時になったので、近くの和食レストランで昼食にして12時30分に出艇した。その間、カヤックは浜辺に放置しておいたが、大丈夫だった。




 先月までは、水遊びをする人たちであふれかえっていたこの浜辺も、たまに散歩で通り過ぎる人がいるくらいだ。カヤックに乗り込む時に、ひざ下まで足を水に浸けてみたけど、それほど冷たいわけではない。どこからかキンモクセイの香りが漂ってくる。この一ヶ月の間に、台風が通過した。そのせいか、浜辺には流木やゴミが散乱している。流木は、誰かが集めたのだろうか。ところどころにまとめて置かれている。この流木がいつまでもこの状態であるとは思えないので、いつか誰かが処分するのだろう。

 水際に、夏の間に生えた水草の残骸がたくさん固まって、堤防のようになっている。これは、毎年のことだ。でも、ビニール等のゴミもすごい。先月、ここに来たときは水草も流木もゴミもなかったような気がする。波と風が、これらを運んで来たのだろう。




 舳先を、南に向ける。この時間帯は太陽光が水面に垂直に当たるせいか、強く反射する。
 
 今回は、バラストを軽めにした。それなのに、最初の頃ほど不安を感じない。毎回このカヤックに乗るたびに、体に合ってくるのだろう。

 しばらく進むと、彦根港だ。東南アジアあたりに行くと、「港」と言っても砂浜があるだけという場合もあるが、日本ではそんなことはなくコンクリートで護岸されている。このコンクリートで護岸された境界線は、好きにはなれない。湖と陸地を遮絶し、それを境にして両者をまるで別世界であるかのように形作る存在なのだ。それと対照的なのが浜辺で、湖と陸地は穏やかな繋がりを保っている。

 そんなわけで、コンクリート護岸の場所は、さっさと通過する。




 
 彦根港を通過して、近くの浜辺に上がり休憩する。そう言えば、事前に調べては来なかったけど、彦根港って、彦根城の堀に繋がっていたような気がする。確か、以前に写真を撮るのが目的で、カメラを持って、この辺りの水路際を散策した記憶がある。そんなわけで、カヤックを浜辺に上げて、陸路を歩いて偵察する。やっぱり、港の奥から、彦根城に向かう水路がある。
 カヤックで港内には、通常は入ることがない。むしろ積極的に避けているが、今回は彦根城を見に行くために、船の往来に気を使い慎重に漕ぎ進む。



 
 釣りをしている人やジョギンをしている人、それぞれがそれぞれの方法で水際を楽しんでいる。それを眺めるのは気分がいいものだ。

 水路沿いの船だまりや古い民家を見ながら進んでいく。

 でも、残念なことに、この先にオイルフェンスが設置してあり、それ以上進むことは出来なかった。

 仕方がないので、琵琶湖へ戻ることにする。





 港内に、滋賀県警の警備艇が停泊している。これのお世話にならないように安全には気をつけよう。
 周囲を見渡し、耳を澄ませ、港の入り口に船がいないことを確認し港から出るが、観光船が遠くから近付いて来るのが見える。竹生島へ向かう船だろうか。いずれにしても、この場所に長居は無用なので、さっさと逃げる。昔から逃げるのは得意なのだ。面倒なことや辛いこと、女性を怒らせてしまった場合等、逃げるのはいろんな場合に有効な策だ。戦うことよりも、逃げることの方が策としては、重要なのではないかと思えるほどだ。これからの人生も、いろんな事から僕は、積極的に逃げていこうと思っている。カヤックは人生勉強にもなるのがいいな。




 まあ、そんな事を思いつつ漕いでいると、逃げられない壁が立ち塞がっている。行きにコンクリート護岸があったなら、帰りも同じルートである以上は、必ずコンクリート護岸の場所を漕がなくてはならない。

 これだけは逃げることが出来ないので、さっさと通り過ぎるのだ。面倒なこと、辛いこと、怒っている女性の横は、さっさと通過した方が良いのだ。

 防波堤の向こうに秋の雲がぽっかりと浮かんでいる。









 彦根港の北側に建っている、かんぽの宿の建物を過ぎて、松原水泳場まで戻ってきた。やっぱり浜辺はいいなあ。こんな穏やかな琵琶湖の浜辺みたいな、のほほんとした人生が続けばいいんだけど、現実の人生は、コンクリート護岸だからな。




 浜辺に大量の流木があるということは、それはそのまま、水上にも存在していることを意味する。

 これくらいの大きさの流木が、無数に浮かんでいて、たまにカヤックの船体布の横側を擦るようにして通過していく。

 流木というのは、とても芸術的な形状をしていると思う。気になったものがあると、記念に持ち帰ったりする。アジアの浜辺で記念に拾った流木を持ち帰ったはずなのに、琵琶湖のものと混ざってしまい。中国産、タイ産、ベトナム産、琵琶湖産、もはやどれがどれなのか分からなくなってしまった。

 前方に、多景島が見える。もちろん、竹島ではない。

 パドルを動かす手を止めて、じっと浮かんでみる。穏やかな波に揺られる感覚は、どうしてこんなに心地がいいのだろう。



 ゆっくりとカヤックを進めて出艇地へ戻った。遠浅の湖底には、風紋が出来ている。「水紋」と言うべきか。水泳場の客が多いシーズンなら、足跡で消えてしまうのだろうな。

 カヤックを乾かしていると年配の男性2人からカヤックの事についていろいろと質問された。興味津々といった感じだった。















 漕いだ距離は4キロ、GPSロガーが港内での動きをうまく拾わなかった。

 塩抜きツーリングは、これで完了。海を漕ぐと、もっと塩まみれになると思っていたけど、実際にはそうでもないな。死海や、ウユニ塩湖を漕ぐと、塩まみれになるんだろうな。
 帰宅して、 マリーン用防錆・防湿・潤滑剤のKURE 6-66 を、フレームに塗っておいた。丸洗いしたわけではないけど、これでいいだろう。

 
印象的な雲。出艇地まで戻れなかった日。


 天野川の河口右岸から、彦根に向かって漕いだ日の記録。

 カヤックの世界に入ってから今年で3年目になる。3年目というのは、人でも物でも新鮮味がなくなり飽きてくる頃だ。趣味ならやめてしまったり、人なら別れてしまったりする危険な時期でもある。とりわけ、男はこの傾向が強いような気がする。(僕は違うけど)

 最初の年は、何をやっても楽しく興奮した。2年目は、楽しいことだけではなく怖いこともあるのだと思い知った。3年目の今は、気持ちに余裕が出来て無理せずに楽しむ事が出来ている。
 カヤックを始めた時の相棒が仕事が忙しすぎて趣味どころではない状態なので一人で出かけるのだけど、一人なので気が向かなかったり眠かったりすると簡単に行くのを中止して家でゴロゴロしてしまうことがある。おまけに、気候のいい時期は絶好のカヤックシーズンでもあるのだが、そういう時期に限って地域の行事があったりして休日がつぶれるのだ。

 とまあ、そんな感じで一ヶ月ぶりにカヤックに乗った。アルピナ1−450ハイブリッド(以下450)に乗るのは2ヶ月半ぶりくらいになる。

 さあ、用意して水上に出よう。




 この場所は、車の横で組み立てが出来てすぐに出艇する事が出来るのでとても便利だ。便利なんだけど、電車の駅からは遠いのでゴール地点も必然的にこの場所になる。つまり、往復で同じ景色を2度見るわけだ。電車を利用したワンウェイツーリングを経験してしまうと、半分の距離しか進めないこのツーリングスタイルは、不満が残るがまあそれは仕方がない。一度掘った穴を埋めて再び穴を掘る作業に似てなくもない。「往き」だけではなく「帰り」も、楽しいことはあるので、よしとするしかない。景色というのは、角度を変えてみると違うものが見えてきたりするのだ。

 10時頃に到着して準備を始める。9月中旬とは言え、湖岸には夏の名残がめいっぱい感じられる。陽射しもきつい。風があるのが救いだが。いつものごとく汗だくになりながら準備を終え、すぐ近くの料理屋の店先にある自動販売機でジュースを飲む。この日も、バラストにする水タンクを積み込む。しかし、バラストを積んだ状態でカヤックを持ち上げると、船体布にその重量がかかるので、デッキとハルの間の縫い目が解れて来ないのかな。ちょっと心配。

 この浜辺には、包丁で切り落としたばかりのような魚の頭があった。それを踏まないようにカヤックに乗り込む。久しぶりに450に乗るのに、いつも感じていた不安定さは感じない。少しは慣れたということかな。

 天野川河口を左に眺めながら、南へ漕ぎ進む。






  この日は、風があるせいか空気が澄んでいて遠くまで見渡せる。日本家屋の家並みが美しい。

  実は台風が西のほうにいるので、風が心配なのだ。でも、天気予報では風速がせいぜい3メートルくらいとあったので、もし強風でやばくなったら、躊躇せずに近くの陸へ上がるつもりだ。この日は、ベトナム笠は持ってこなかった。風がある日には、笠は向いていない。




 今日も出ました(笑)

 この日発見したトマソン的物体はこれだぁ。


 これは多分、巨大ロボットの頭の部分で、有事の際には上のハシゴからコクピットに乗り込むものと思われる。

 ここのところ、隣国との地政学的関係が悪化しているので、もしかしたらそろそろ動き出すのかもしれない。



 この辺りの湖岸道路は、車でよく通るのだけど、水際に狭いビーチが続いているとは思いもしなかった。人工的なコンクリートで護岸されているか、もしくは木立や茂みに覆われていると思っていたのだ。人の生活が身近にあるこうした水際は見ていて癒される。 





 
 空の色が深い青色になるには、その対象となる明るく白いものが必要だ。南国では珊瑚で形成された白い砂。琵琶湖においては、白い雲。

 風が空気中の水蒸気や塵を吹き流してくれるので、太陽光がそれらに反射する確立が低くなり、まっすぐに地表に降り注いでくる。結果として、空気の透明度は増し空と雲のコントラストはより高くなる。









 上空は風が強いらしく、みるみるうちに雲が流れていく。風は、東側から琵琶湖に吹き込んでいる。この日は彦根近辺、つまり琵琶湖の東側に僕は存在しているので、風が吹いてもその風で波が大きく育つことはない。湖西方面の湖岸では、きっと波が大きいのだろう。










 日本では冬鳥とされているユリカモメ。まだ夏の名残がたっぷりと残っているのに、飛来している。







 カメラを水面ギリギリで構えて、カヤックの横からの風景を撮影してみる。防水カメラではないので、濡れないように慎重に。上にも下にも、ただただ蒼い世界が広がっている。









 左側の三角屋根の建物で、結婚式をやっていた。

 この彦根ビューホテル(旧プリンスホテル)の湖岸は、コンクリートで護岸されていて、今回、最も漕ぐのが苦痛な区間であった。時間的距離にして10分くらいだけど、出来るだけ早くこの場所を通過したかったので、スピードを上げた。

 



 
 気がつくと、コクピットの中で5センチほどの魚が2匹飛び跳ねている。一人で漕ぐ場合(たいていいつもそうだが)、沈した時にスプレースカートが外れなくて溺れるのが怖くって、前の方を少しだけ引っ掛けるように装着している。その隙間から飛び込んだのだろう。小鮎とは違う。どんな名前の魚だろうか。

 スプレースカートについては、いつか誰かに付き添ってもらって、本格的な沈脱を経験してみる必要があると思っている。多分、大丈夫だというのは分かっているけど、もし外れなかったら困るという思いがあるのだ。


 漕ぎ進むと、彦根城が遠くに見えて来た。松原水泳場で昼食を取りつつ休憩する。水上バイクやウィンドサーフィン、バーベキューの客たちが夏の終わりを惜しむかのように騒いでいる。水泳場の近辺でエンジン全開で進まないように注意を促す船(警察か)もいる。
 カヤックの中ではずっと座っているせいか、休憩のときは座っているよりも立っている方が楽だ。立ち姿の状態でおにぎりを食べ、風が心配なのですぐにカヤックに乗り込み岐路に向かう。


 あとは、ひたすら帰るために漕ぐ。岐路を半分くらい過ぎた辺りから冷たい風が吹き始めるようになった。いつでも中断して上がれる状態を確保しつつ漕ぎ進む。ゴールの数百メートル手前の朝妻の辺りで、風が急に強く吹き始めた。ここからゴール地点までは、漁港の防波堤に阻まれていて、上陸出来る地点はない。ここで上陸するか、風の状況を注視しつつ一気に漕ぎ抜けるかいずれかの選択になる。

 風が収束してきたので、カヤックを沖に向けて漕ぎ進む。すると、またもや強風が吹きつけてくる。一目散で再度岸部に向かい、今日はここまで、と撤収することにした。逃げることを想定して漕いでいると風が強くなってきても冷静でいられる。そりゃ波が荒れてきたらやっぱり怖いけど、岸部はすぐそこなのだから。

 やはり450は430に比較すると風や波には強いのだろうと思う。430だったら少し手こずっていたかもしれない。今年は2月に450を買ったばかりなので450しか乗らないかなと思ったら、実はそうでもなく430も乗っている。ツーリングの状況によって、適材適所なのだ。
 





 朝妻緑地で、カヤックを乾かす。近くの木にシーソックとスプレースカートを掛けて風にさらした。うっかりしていると、このまま忘れて帰ってしまう危険性もあるけど(笑)


 この日漕いだのは、9.75キロ。このブログのタイトルに相応しい日だった。
宮ヶ浜



 最近カヤックに興味を持ち始めたというO君と、宮ケ浜へ行って来た。アルピナ2−430を検討されているようなので、タンデム仕様に組み立てて、体験してもらった。

 この時期の宮ヶ浜は、湖水浴シーズンでさすがに人であふれている。昨日まで曇り空だったけど、この日は青空に夏らしい雲が広がっている。





 この日は、風がそれほどあるわけでもないのに、湖面には波が立っている。沖島との間で船が頻繁に通るので、その波だろうか。せっかく乗ってもらうのに、湖面の常態があまりよろしくなかったのは残念だ。沖島まで往復しようと思ったけど、それは断念して宮ヶ浜周辺を行ったり来たりした。

 O君は25歳なので、もしこれで気に入って、カヤックの世界に入るのであれば、カヤック人口の平均年齢が随分、下がるな(笑)

 この日の漕いだ距離は6.7キロ。