〜カヤックで琵琶湖を旅するブログ〜
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2013年の漕ぎ初めは水郷で。



 久々にカヤックに乗る。前回は10月20日だったから、2ヶ月半ぶりかな。紅葉の時期にカヤックに乗りたかったけど、用事があったり天候が悪かったりでそれは適わなかった。そんなわけで、寒い季節だけど水郷へ出かけた。

 起床してすぐにお湯を沸かして魔法瓶にジャスミン茶を入れる。この季節、すぐに飲める温かい飲み物が必要だ。沈してもいいように着替えを一式ドライバッグに入れる。この時期、低体温症が怖いのだ。

 出艇地に到着してカヤックを組み立てる。穏やかな風のない日なので、カヤックを出す人で大混雑していたらどうしようと思ったが、誰もいない。この日は写真撮影が目的でもあるので、アルピナ2−430に乗ることにする。毎度のことだが、テンション掛けとジッパーを閉める作業が苦労する。無理やり閉めるとジッパーやその周囲の船体布を傷めてしまう。これって何かコツみたいなものってあるのだろうか。この艇の構造上、ある程度はジッパーの周囲の船体布に、負担がかかるのは止むを得ないのだろうけど。

 いつもは出艇地から北へ向かい、水路を通って水郷を抜けた後は西の湖へ向かうルートを取るのだが、今回は逆から周ることにした。葦に両側を囲まれた水路を進む。静かだ。風がない。空気の動きがとまっている。動いているのはパドルだけだ。鏡のような水面にパドルを差し込むとそこから波紋が広がっていく。葦で囲まれた空間は、回廊や部屋のような区画になっている。いずれにしても、パドルが作り上げた波紋は、葦で囲まれた区画の中で収束する。





 言わずと知れた「よしの大竜神」。

 なぜ、この場所にこの祠があるのだろうか。何か伝説があるのだろうか。右側の木はご神木か。ご神木の割には小さいが。

 実はこの場所には年末年始の休暇に来ようと思っていた。でも、年末に祖母が急にたおれてしまい老健施設に入所してしまった。一時はかなり危なかった。その事が気になってあまり遠出は出来なかったのだ。

 ほんの半月ほど前までは、頭もしっかりしていて自分の身の回りの世話は自分で出来ていたのに、今は呼びかけには応えるが、反応が鈍く、何をする意欲もなさそうでベッドに横になっている時間がほとんどだ。何かをしたいとは思わないようなので、祖母の周囲にはとにかく物がない。人は心臓が動いていて食事が自分で出来ればそれで生きていると言えるのか。何も意欲がない状態というのはどういうものだろうか。死を意識するのかあるいはしないのか。。。。


 現在読書中の司馬遼太郎「峠」 の中にこんな一説がある。


−そのあたりの草も、石ころも、流れる水も、飛ぶ鳥も、その鳥の影もすべておのれと同質である。すこしのかわりもない。−
−自然に融けて呼吸しておればよい。死も生も自然の一形態にすぎず、一表現にすぎず、さほど重大なものではない。−



 この水郷の中にいると、それが強く意識の中に刻み込まれていく。そう言えば、ずっと以前、祖母がまだ元気な時に(それでも90歳は超えていたけど)、「これくらいの歳になると死ぬことは怖くはない、若い頃は怖かったけどね。」って言っていたなあ。この境地に達しているのだろうか。




 水郷に来たかった理由は、6×12のサイズで撮影出来るカメラを買ったからだ。カヤックからの眺めは、視界が横方向へ広がって見える。そのため、横長の画角を持ったカメラが欲しいと思っていた。横長だが、縦に構えればもちろん縦長になるのだけど。

 このカメラ、使うのに一工夫必要で、実はまだこの日は本格運用ではない。試験的に持ち出している状態だ。






 葦の藪の中に、舟屋がある。かなり生い繁っているのに、その藪を掻き分けてここで舟に乗り込むのだろうか。

 この舟屋を見た後で、水郷を抜けて西の湖へ向かう。




 葦の「壁」沿いに漕いでいると、遠くに黄色いくちばしの白い水鳥がいるのが見えた。まさかこんなところでハクチョウ?と思ったが、一羽しかいないのは妙だ。近寄って確認してみることにする。近づくうちに、水路は行き止まりになってしまった。白い鳥の正体はアヒルだった。行き止まりの場所でアヒルが行き場所をなくして困っているようだったので、気の毒に思い、正体も確認出来たことだし、西の湖へ引き返すことにする。







 それにしても、水のある風景というのは何でこんなに情緒的なのだろうか。気持ちと同じで移ろうものだからなのか。







 
 この水郷を初めて訪れたときは、迷子になりそうで怖かった。葦の壁に囲まれた水路では、迷路状態でその外側がまったく見えず、ナビをカヤックに持ち込んで現在地を確認しながら漕いでいたけど、今はどの水路がどこに通じているのか、大まかに分かるようになった。少なくとも地図もナビも必要なくなった。

 そのうち、小さな水路にも入ってみよう。


【四十にして惑わず】
 
迷わずに済むようになったのは、この水郷くらいか。




Oeさん、こんにちは。

そうですか、水郷でしたか。良い写真日和でしたね。 よしの大竜神の木、以前はお社の倍以上の高さに茂っていたんですよ。 でもおととしには枯れ枝となり、それでも枝は大きく広がっていたんですけど、今は面影もありませんね。残念なことです。

「死も生も自然の一形態にすぎず、一表現にすぎず、さほど重大なものではない。」よしの竜神の木も、茂るのも枯れるのも、自然の中で移りゆく命の一表現なのかもしれませんね。


今回もきれいな写真、水郷を見直しました。ありがとうございます! 

ウッドデッキ | 2013/01/13 00:01
ウッドデッキさん。この季節は特に更新頻度が低いのに、見に来てくださってありがとうございます。よしの大竜神の木ですが、もはや祠とセットの存在であるのが当然のように思っていました。いずれは祠だけになってしまうのですね。今日は寒かったので、起きるとき心が折れそうになりましたが、来て良かったです。
Oe | 2013/01/13 00:27
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